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DATE: 2008/11/02(日)   CATEGORY: 未分類
Samurai Delicatessen BAND
20081103032815
2000年の確か冬かな、ココアと俺と、俺と同じアパートに住んでいたヤハゾーと三人で、冗談のつもりでスタジオに入ったんだな。
三人ともブルース・ブラザーズが好きだったのが理由でね。

俺はベース弾かされてたんだよ。
まぁ、かなりいい加減な感じで始まったのは事実だな。

そのうちに、当時千葉の楽器屋で働いていたタミーを誘ってさ、あんときは唯一まともに演奏できる人が来てくれたと思ったよ。
あん時タミーは俺のことを「なんてギターの弾けないヤツなんだ」と思ったみたいだよ。
まぁそんくらい俺のギターは下手クソだったんだよね。

しばらくしてからココアとは旧友のタイチが入って、アイツも3年のブランクがあったから、正直、俺より下手なヤロウが入ってきやがったと思ったよ。

あん時は兎に角上手くなりたかった。
結構真剣にブルースギタリストになりたいと思ってた。

おぼえたてのコードやリフをスタジオに持っていって、みんなで曲作って、かなり適当だけど真剣だったかな。

3年間くらいそんな感じでライブやったり酒呑んだり、バーベキューやったりして、
ヤハゾーがバンドを離れることになって、
どうすっか?となったんだけど、気付いたら俺もココアもタミーも本チャンのバンド辞めちゃってたし、
あん時のココアが言った「やめるのは簡単だから」って言葉は今でもおぼえてるよ。

まぁなんだかんだと何故か俺が唄うことになったんだよね。

詞はなんか書けたな。うん。

もう勢いでアルバム作ろうぜって、みんなでコンテナ改装して作ったスタジオで「泥沼でダンス」を録ったんだ。

それからサムライデリカテッセンバンドは本格的に転がり始めたんだ。

ツアーにも出れるようになった。
憧れていた箱に立つことができた。
このバンドは俺をアメリカにも連れてってくれた。

音源でしか知らなかったミュージシャンと共演して震えるような体験をした。

素晴らしい夢のような景色を見た。

数えきれない出逢いを与えてもらい、かけがえのない仲間ができた。

このバンドは俺の20代の全て、生活の軸であり、俺がこの地球に立ち、社会と唯一関わりを持てたのもこのバンドがあったからだと思う。

どうにもならないステージをやった夜は、楽屋から一歩も出たくなかった…。

世の中全てが俺を笑っているんじゃないかと思ってしまう夜もあったけど、
いつでも誰かが救いの言葉をくれた。
ツアー先ではお客さん達の笑顔に拍手にちょっとした言葉に救われた。
自分と向き合い、一歩踏み出す勇気をもらった。
ひと一人一人の力は凄いなと思った。
長年の付き合いになるバンド仲間や友人達、先輩達にも力をもらった。

去年タイチが辞めることになり、ヒョウさんが加入してくれた。
新しい刺激を受けた。

さっきまで最後のスタジオに入っていたけど、皆贅肉の取れた良い音を出していたよ。

約9年間俺達に関わってくれた人達に心から感謝します。

ありがとうございました。

前も後ろも、右も左も分からなくなり立ち往生した時も少なくなかった。
それでも歩くことができたのは音楽の持つ力と、皆さんの力が大きい。

このバンドをやってきて良かった!

今、自分の中には吹きやまない風みたいに、流れ続ける川みたいに、燃え続ける炎のように、大地に根をはり力強く立つ木のように、ぶれない音が鳴り響いています。

明日は俺達が育った千葉LOOKでおもいっきり楽しんでって下さい。

一曲でも、いやワンフレーズでもみんなの中の深いところへ届くよう歌います。

ダンスしようぜ♪
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